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ヲドノと血原橋(宇陀市)〜エウカシ・オトウカシのお話〜

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以前の記事でも書きました通り、エウカシオトウカシにまつわる伝承地を訪ねて来ました!

エウカシとオトウカシは古墳時代にこの菟田下県を治めていた豪族です。二人は兄弟で兄が「エウカシ」弟が「オトウカシ(オウカシ)」です。『古事記』では兄宇迦斯、弟宇迦斯、『日本書紀』では兄猾、弟猾と表記されています。

血原

以下、エウカシ・オトウカシ兄弟が登場する神武東征について流れを簡単に書いておきます。



神武東征で日向(ひむか)の高千穂から大和を目指していたイワレビコ(神武天皇)一行は、熊野の山中で道に迷ってしまいます。その際、天照大神から遣わされた八咫烏(やたがらす)の道案内によって、莵田下県(うだのしものこおり)に無事辿り着きます。イワレビコはこの地を莵田穿邑(うだのうがちのむら)と名付けました。
※莵田穿邑は現在、奈良県宇陀郡莵田野町宇賀志と比定されています。

イワレビコが辿り着いた莵田(うだ)の地は、エウカシ・オトウカシ兄弟が支配していました。
そこで、この兄弟のところに八咫烏を遣わして、イワレビコに仕えるかどうかを尋ねさせるのですが、兄のエウカシは鳴鏑(なりかぶら)を射て追い返してしまいます。

エウカシはイワレビコ一行を迎え撃とうとしたが、十分な軍勢を集めることができませんでした。そこでエウカシはイワレビコに仕えると嘘をつき、大きな御殿(大殿)を作って、その中に踏むと挟まれて圧死する押機(おし)という罠を仕掛けてイワレビコを待ち受ける事にしました。

▼エウカシが罠をしかけた大殿があったとされる場所。(この地の住所の小字はヲドノとなっています。)
ヲドノ

しかし、弟のオトウカシは兄の企みを事前にイワレビコに密告します。
その密告を聞いたイワレビコは、大伴連らの祖である道臣命(ミチノオミノミコト)と久米直らの祖である大久米命(オオクメノミコト)をエウカシに遣わせました。二神は矢をつがえて「汝が建てた御殿だろう。まずは自らが中に入ってみせよ」とエウカシに迫ります。追われたエウカシは自分が仕掛けた罠にかかり死んでしまいます。

ヲドノ

この地に立っている看板には以下のように記されています。

神武ゆかりの地 小字ヲドノ
カムヤマトイワレヒコ(神武天皇)が、大和進軍のため穿邑(うかちむら)に入ってきた折、この地に住んでいた兄猾(えうかし)、弟猾(おうかし)二人に服従を求めると、兄猾は仕え奉ると申しながらあざむいて、大殿を作ってその中に押機を張って天皇を待ちました。弟猾がこの兄猾の策略を知って密かにこの計略を告げたので、道臣命(みちおみのみこと)、大久米命(おおくめのみこと)の二人は「汝の作った大殿へ、汝まず入って仕え奉らんとする誠意を示せ」と告げ兄猾を大殿へ追い込んだのです。兄猾は、やむを得ず大殿に入り己れの仕掛けた押機に打たれて命を落としたところである。


▼ヲドノの下を流れる宇賀志川にかかる血原橋
血原橋

エウカシが自らの罠にかかって死んだ後、彼の遺体は引きずり出され、切り刻まれてしまいました。切り刻まれたエウカシの体から流れ出た血は周辺を赤く染めてしまいます。
彼の血で赤くなったところは「菟田の血原」と呼ばれるようになり、現在の地名にも残っています。
血の赤は、この地で産出される水銀に関係しているのではないかともいわれています。



宇陀市内には「血原」という地名がこの場所以外にも存在しています。その事について奈良まほろばソムリエ友の会にも所属している「奈良・桜井の歴史と社会」の管理人さんに質問したところ、以下の回答を頂いたので転載させて頂きますm(_ _)m

(もう一カ所の血原は)室生、田口の血原橋です。宇賀志より10キロくらい北です。室生寺から龍穴神社を経て、5キロくらい上がるとあります。こちらも神武東征の別のいわれがあり、宇賀志ほどはまとまっていませんが、とりあいの関係です。
諸説あります。神武東征神話は天武の東国発(書紀参照)のコースをなぞっていて、宮滝、阿騎、宇陀駅家(これを菟田野元市場とみる)、室生を経て大野というコースを想定して、田口の血原橋論が出てきます。
また、赤植、血原橋、丹生、赤砂利などすべての地名が丹の露頭(水銀が酸化して赤くなる)に関係しているという説もあります。




血原橋の横には宇迦斯神(うかしのかみ)を祭神とする宇賀(うが)神社が鎮座しています。諸説ありますが、この地で果てたエウカシの魂を邑人達が祀ったのではないかと言われています。

▼ヲドノから宇賀神社を望む。
宇賀神社

記紀の中ではイワレビコ一行を討とうとしたことで悪人として描かれているエウカシですが、自分達の土地に外から侵入してきた敵(イワレビコ一行)を討とうとしたエウカシは、地元民にとっては英雄だったのかもしれません。


ヲドノと血原橋の周辺地図
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2 Comments

神力車 祥平 says...""
エウカシオトウカシを調べていたらこちらのブログにたどり着きました。
素晴らしいなと。
この二人の人間ドラマに迫りたいと思って。
今度、宇陀市の古民家でお話会をする予定です。
それにあたり、いろいろ調べています。
神話のかたりべをしている山田祥平と申します。
一度、お会いできたらなぁと思って連絡してみました。
kazepro@gmail.com
2016.08.07 22:52 | URL | #c9LLW7vE [edit]
ヨシノ says..."Re: タイトルなし"
●神力車 祥平さん●

こちらでの返信が遅くなりまして申し訳ありません。
神力車 祥平さんのご活躍はいつも拝見させていただいておりますが、とてもアクティブに活動しておられますね!
神話のかたりべとは素敵です^^
また今後とも、某所ではよろしくお願致しますm(_ _)m

エウカシオトウカシの物語は読むたびに色々と考えさせられるお話ですね。
神武天皇はたまたオトウカシの英雄譚とも取れますが、個人的には「お兄さんを裏切って密告するってどうなの?」というのが初めて読んだ時の素直な感想でした^^;
見る角度を変えれば、全く違った物語になりますね。"地元を守ろうとしたエウカシ"という視点から見れば、なんとも悲しい物語です。
2016.09.05 07:40 | URL | #gquJYVHA [edit]

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