まいにち奈良づけ♪

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国宝『北円堂』特別開扉

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毎年、春と秋に期間限定で特別開扉されている興福寺の『北円堂』へ行ってきました♪
運慶の代表作である「弥勒如来坐像」「無著・世親立像」など国宝の諸仏像を見られる貴重な機会なので、特別開扉期間中に奈良公園付近へ行かれた方にはぜひとも足を運んで頂きたい場所です!

興福寺 北円堂 特別開扉

運慶作品の他にも、周囲を取り囲むようにして配置されている「四天王立像(こちらも国宝)」もユーモラスな表情をしていて魅力的ですし、弥勒如来坐像の左右に坐る「大妙相・法苑林菩薩像」もかっこいい!!

『北円堂』という空間の中でそれらの仏像を一度に眺めることができる贅沢といったら…(;;)

これはもう言葉にできません!
その場に実際に行って目にした人しか体験できない感動なのです!!

運慶晩年の名作を堪能しましょう♪


▼『北円堂』への入り口。場所は興福寺境内の北西端です。
興福寺 北円堂 特別開扉

▼この案内板を見るだけでテンションが上がります!!
興福寺 北円堂 特別開扉

▼拝観料(大人300円)を受付で支払って、中へ。
興福寺 北円堂 特別開扉

▼現在、整備中で青いコーンが沢山並んでいました。ちょっと風情に欠けますが仕方ないですね^^;
興福寺 北円堂 特別開扉

『北円堂』について

『北円堂』は興福寺を建立した藤原不比等の死をうけて、不比等の一周忌に当たる養老4年(720)に元明太上天皇と元正天皇が鎮魂のために長屋王に命じて建立させた八角円堂です。
治承4年(1180)の南都焼き討ちによって一度焼失しますが、焼き討ちから30年後の承元4年(1210)頃に再建されました。
八角の一面は4.9m、対面径は11.7m、本瓦葺きの建物です。鎌倉時代に再建された建物でですが、奈良時代創建当初の姿をよく残しており、日本一美しい八角円堂と称賛されています。内陣には天蓋が輝き、組物間の小壁には笈形(おいがた)が彩色されています。

興福寺 北円堂 特別開扉

▼拝観料を支払った際にいただけるチラシ(表)
興福寺 北円堂 特別開扉

堂内の仏像について


『北円堂』に関する基礎知識を頭に入れたところで、早速堂内へ。
中の様子は撮影できないので、実際に行って見ていただくしかないのですが、入った瞬間の迫力といいますか…それぞれの仏像から感じる重みがすごいです。

▼ちなみに堂内の仏像の配置は以下のようになっています。※チラシ(裏)
興福寺 北円堂 特別開扉

あとでまた詳しく記述しますが、「弥勒」の後ろ左右に立つ「無著(むちゃく)」と「世親(せしん)」はインドの高僧兄弟で、唯識学派(のちの法相宗)の開祖とされている人物です。この2人の師にあたるのが弥勒菩薩と同一視されているマイトレーヤ。『北円堂』に「弥勒如来坐像」「無著・世親立像」を配したのは唯識(法相宗)の本山を意識してのものと思われます。

※余談ですが、無著と世親が開いた「唯識」はその後玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)によって唐に伝えられ、その弟子の慈恩大師(じおんだいし)によって「法相宗」が開かれることになります。
日本では、ここ「興福寺」と「薬師寺」が法相宗の大本山となっています。

各仏像に関して。以下、興福寺の説明文より。

木造弥勒如来坐像(もくぞうみろくにょらいざぞう)

【制作時代】鎌倉時代
【文化財指定】国宝
桧材/寄木造/彩色/彫眼
像高…141.9cm

 北円堂の本尊像で、弥勒菩薩(みろくぼさつ)が56億7千万年後に成仏した姿です。
 像内には建暦2年(1212)の年号が書かれた願文などが納入されており、また台座内枠には源慶・静慶・運賀・運助・運覚・湛慶・康弁・慶運・康勝ら慶派仏師の名が墨書されます。源慶が中心になって造られたのですが、彼らを統率していたのが巨匠運慶で、運慶晩年の名作として知られます。
 脇侍に法苑林(ほうおんりん)菩薩像と大妙相(だいみょうそう)菩薩像(室町時代/桧材/寄木造/漆箔/玉眼)を従えます。

木造無著・世親立像(もくぞうむちゃく・せしんりゅうぞう)

【制作時代】鎌倉時代
【文化財指定】国宝
桂材/寄木造/彩色/玉眼
像高…無著像194.7cm/世親像191.6cm

 釈迦入滅後約千年を経た5世紀ころ北インドで活躍し、法相教学を確立した無著と世親の兄弟の彫刻で、弥勒如来(みろくにょらい)像の両脇に安置されています。
 両像ともに2段に組んだ洲浜座(すはまざ)に本尊側の足をわずかに踏み出して立ちます。無著像は老人の顔で右下を見、世親像は壮年の顔で左を向き遠くを見ます。運慶の指導のもとに無著像は運助、世親像は運賀が担当したことが知られます。天平彫刻の写実性と弘仁彫刻のたくましい量感とをあわせ持ち、強烈な自信にみちあふれる姿は日本肖像彫刻の最高傑作にと言うにふさわしいものです。

木心乾漆造四天王立像(もくしんかんしつぞうしてんのうりゅうぞう)


【制作時代】平安時代
【文化財指定】国宝
木心乾漆造/漆箔/彩色
像高…持国天像136.6cm
   増長天像136.6cm
   広目天像139.7cm
   多聞天像134.7cm

 北円堂八角須弥壇(しゅみだん)の四方に安置されます。木心乾漆(もくしんかんしつ)造は、桧材を荒彫りし、麻布を漆で1層または2層貼りつけ、木粉を混ぜた漆を盛り彩色を施した技法です。増長天と多聞天の台座裏面には、これは大安寺四天王像で、延暦10年(791)4月に造立し、興福寺僧経玄得業が弘安8年(1285)に修理したことが墨書されます。大げさな身振りや、下半身に重点を置いた姿にユーモアさえ感じさせられます。
 造立年代がはっきりしていることから、平安時代初期の木心乾漆(もくしんかんしつ)像の基準作品として、見逃すことができない像です。

※またまた余談ですが、現在『南円堂』に安置されている四天王像が、元々『北円堂』の諸仏像を取り囲んでいた可能性が高いとも言われています。



どっしりとした存在感のある「弥勒如来坐像」ですが、後ろに回り込んで見てみると、光背の一部分がハート型に切り抜かれていてなんだかほっこり。
その両脇後方に控える弟子の「無著・世親立像」は、生きているんじゃないかと思うくらいの生々しさを感じました。近くにいた子供さんが、「目がキラキラしてる〜!」と言いながら世親像を見ていたのですが、玉眼が持つ目力を改めて実感。木造とは思えない柔らかな衣の表現にも驚きました。

当時の像造技術の素晴らしさを感じると共に、現在までこれらの像が残っていて、それらを今、目の当たりにできているという奇跡に感動しました。

過去に生きた多くの人々が守り伝えて来てくれたからこそ、
今この瞬間がある…!!


お堂を出るのが勿体なくて、私は仏像の周りを何度もグルグル回りました。
”バターになっても知らないよ”状態!!(←元ネタ分かりづらくてすみません;)

いや〜。堪能いたしました^^♪

その他の写真


興福寺 北円堂 特別開扉

興福寺 北円堂 特別開扉

興福寺 北円堂 特別開扉


■『北円堂』特別開扉の情報



住  所:奈良県奈良市登大路町48
お問合せ:0742-22-7755(寺務所)
期  間:(春)5月初旬頃
     (秋)11月初旬頃
      ※2016年春の特別開扉は、4月23日(土)~5月8日(日)
時  間:9:00~17:00(受付終了16:45)
拝観料 :大人 300円/中高生 200円/小学生 100円
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