まいにち奈良づけ♪

奈良の話題を中心に、日々の出来事や制作の事などを気ままに綴っています♪奈良好きの方大歓迎です!
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柿祭り!!

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お店の方が忙しく…今日も道の駅の記事を書けずじまいでしたが;
私の大好物をお客さんから頂いたので、体は疲れていますがテンションは上がっています!!

▼大量の柿!!
柿

大淀町に住んでいると、梨や柿を毎年沢山頂きます。
贈答用に梨などを購入することはありますが、自分たちが食べる分の柿や梨をお店で買ったことはほとんどありません。
農家さんには申し訳ないのですが、恐らく(私を含め)地元の方の大半は「梨と柿は買うものではなく頂くもの」だという認識でいると思います…^o^;


話は変わりますが…
柿を頂いた時にお客さんから「富有柿ならよかったんだけど、早生柿でごめんね〜。」と言われたのですが、いまいち違いをよくわかっていません。

▼右はお客さんに頂いた早生柿。左は叔母から貰ったものですが、品種が違いますね。(多分)
柿

そこで柿の品種について調べてみたのですが、やはり奈良と柿は切っても切れない関係です!
以下、wikipediaの記事を引用させていただきました。

刀根早生
刀根早生(とねわせ)は、奈良県天理市発祥の渋柿の品種である。

概要
平核無柿の枝変わりで、普通の平核無柿より10~15日ほど早く実をつけ、9月半ばから10月半ばにかけて収穫できる早生の優良品種である。奈良県下をはじめ全国の産地に普及し、早生柿の主力となっている。

歴史
奈良県天理市萱生町の刀根淑民によって育成された。刀根の農園で、1959年(昭和34年)に伊勢湾台風で折れた平核無柿の樹の枝を、その根元から顔を出した若木に接ぎ木して育成したところ、他の枝より早く実がなる枝が偶然見つかった。県立農事試験場の協力により、その枝が突然変異の新品種であることが判明し、1980年に「刀根早生」として品種登録された。

特徴
平核無柿によく似て、果実の大きさは240gほど、形は偏平で四角に角張っており種はない。果皮の色は橙色で光沢がある。
渋柿なので、炭酸ガスなどを使って渋抜き処理をした「合わせ柿」「さわし柿」として出荷される。
平核無柿より10~15日ほど早く、9月下旬~10月上旬に収穫され、9月~10月下旬に出荷される。また今ではハウス栽培で7月はじめには店頭に並び始める。
果汁が豊富で、適度に柔らかくなめらかな食感と、甘みが強くまったりとした味わいは、老若男女を問わず広く好まれている。
脱渋しないものは、丁寧に干して渋を抜き、手作りの「あんぽ柿」に仕上げられる。

栽培
奈良県から日本各地に広がり、栽培されている。2010年(平成22年)の栽培面積および生産量は、和歌山県が全国1位で、全国の半分を生産する。次いで奈良県、新潟県となっている

”早生”と名前のつく柿の品種は沢山あったのですが、中でも代表的な(?)「刀根早生」の項目には<奈良県天理市発祥の渋柿の品種>と書かれていました。
奈良から全国に広がった品種の一つですね!

富有柿
富有(ふゆう)または富有柿(ふゆうがき)は、甘柿の品種の1つである。

特徴
甘みが強く、肉厚、果肉が柔らかい、大粒が特徴。
御所系の完全甘柿で、甘みが強く、多汁大果で果肉は柔らかい。花は雌花のみが着き、単為結果性がやや低いため受粉の必要がある。

栽培
現在では、西日本を中心に各地で栽培され、甘柿で最も生産量が多い。発祥の地である瑞穂市とその周辺の揖斐郡大野町、池田町、揖斐川町、本巣市、大垣市、岐阜市などでも生産は盛んである。

由来
1857年(安政4年)、岐阜県瑞穂市居倉の小倉初衛が栽培を始めた御所系統の柿の木がその起源である。当初は「居倉御所」と呼ばれていたが、接木による栽培に成功していた同じ村落の福島才治により、1898年(明治31年)、「礼記」中「富有四海之内」の1文から2字を取り「富有」と名付けられ、品評会を通じて世に問われた。
1929年(昭和4年)、原木は天神神社脇に移され一時枯れたが、翌年根元から芽が吹き現在でも葉を茂らせている。

富有柿の発祥の地は<瑞穂市とその周辺の揖斐郡大野町、池田町、揖斐川町、本巣市、大垣市、岐阜市>となっていますが、注目なのは<御所系の完全甘柿>というところです。

御所系ということは!!
富有柿の大元を辿っていくと、かの有名な「御所柿」ということですよね?

御所柿
御所柿(ごしょがき)は、奈良県御所(ごせ)市原産の完全甘柿の品種である。

概要
甘柿のルーツと言われる柿で、「五所柿」や「やまとがき」、「ひらがき」などとも呼ばれる。 江戸時代初期、大和国御所町で、褐班(ゴマ)がなく樹上で自然に甘くなる完全甘柿が突然変異によって生まれた。それ以前の柿といえば、渋柿か、受粉して種が入り褐班ができて初めて甘くなる不完全甘柿しかなかった。 甘味が強くて粘り気のある食感は「天然の羊羹」ともたとえられ、極上の「御所柿」として幕府や宮中にも献上されていた。

歴史
1645年(正保2年)に刊行された松江重頼の俳諧論書『毛吹草』は、大和の名産品として「御所柿」を挙げている[1]。
1697年(元禄10年)に刊行された人見必大の『本朝食鑑』「果部」の「柿」の項に「御所柿其の味ひ絶美なり 以て上品と為す(中略)和州城州の産第一と為す」とある[2]。
1712年(正徳2年)に刊行された寺島良安編纂の『和漢三才図会』の「山果」の「柿」に「凡そ柿の品種甚だ多し 和州五所の産最も勝れり 今畿内皆種之を移す 体円扁く微に方を帯て微に尖り 肉紅色味甘く潤い脆し 蔕の処縮み陥みて形於諸柿に異なり 其核小く肥団尖る 俗に呼んで五所柿と名く 或は大和柿と名く 又木煉柿と云ふ」とある[3]。
1754年(宝暦4年)に刊行された平瀬徹齋の『日本山海名物図会』で「大和御所柿」について「和州御所村より出す柿の極品なり。余国にも此種ひろまりて多し。御所より出る物名物なる故に御所柿といふ」とある。
江戸時代末期、美濃国大野郡居倉村(現岐阜県瑞穂市居倉)に植えられた御所柿を、別の木に接ぎ木して育成されたのが富有柿である。
正岡子規が1901年(明治34年)に著した随筆「くだもの」の「御所柿を食ひし事」の項で、明治28年10月末から11月のはじめころ、奈良東大寺に近い宿屋で御所柿を所望して出てきた柿をたべていると東大寺の鐘が鳴ったというエピソードを記している。
1928年に御所町の西尾小五郎が著した『御所柿』によると、昭和初期の奈良県下における御所柿栽培状況は、本数約1万、分布は南葛城郡では御所、掖上、秋津、葛城、吐田郷、大正、北葛城郡では磐城、當麻、二上、添上郡では東市、奈良市一円となっている。また同書で西尾は「古来由緒ある名産として誇れる御所柿は、維新以降其の産出頓に減退して、当地より移植栽培せし岐阜県の如き却て盛んとなり、今日其産額の点に於て、彼の富有柿の我が御所柿を凌駕するものあるは、轉た寒心に堪へざる次第なり」と嘆いている。

特徴
小ぶりながらとても甘く食味がよい。 果実は150gほどのものが多く、扁平でやや方形、果頂部が緩やかに尖っている。原種であるため不安定で、へたが5~6弁となり、果形もそれに合わせて五角形や六角形になるものもしばしば見られる。 果肉は糖度が17~20度と富有柿より高く、粘り気のある肉質で、褐班はあまり見られない。 熟した時にヘタ隙や先割れが起こりやすく、わずかな環境変化で生理落果しやすいので、栽培が難しい品種と言われる。

栽培
着果が不安定で収穫量も少ないため、徐々に経済栽培されなくなっていたが、2006年(平成18年)から地元御所市の柿生産者が中心となって、栽培を復活させ、特産品にする取組を始めた。接ぎ木による生産規模の拡大と着果安定技術の検討を進めてきた結果、2009年(平成21年)から市場出荷を開始し、2012年(平成24年)には約700kg出荷できるようになった。御所柿の生産を本格的に復活させるために行った奈良県果樹・薬草研究センターの調査では、奈良県内に御所柿の古木が少なくとも50か所ほど残っていて、樹齢300年であってもまだ十分に味の良い実がなることがわかっている。

突然変異によって生まれた御所市原産の完全甘柿!!食べたい!!



ちなみに私はシャキシャキとした食感の柿が好きなのですが、食べきれずに時間が経つと実がジュクジュクと柔らかくなってしまい好みの食感ではなくなってしまいます。(この柔らかいのが好きだという方も沢山おられますが)
そうなった時、私は柿を後で食べやすいように半分に切ってから冷凍庫で凍らせています。

これがシャーベットみたいでめちゃくちゃ美味しいのです!!
沢山もらった柿を夏まで凍らせておいて、アイスクリーム代わりに食べるのがオススメです♪
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