まいにち奈良づけ♪

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石枕式の珍しい石棺『権現堂古墳』(御所市)

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奈良検定最上位のソムリエを目指すには、有名どころだけでなく"ややマイナー"(マイナーの定義は個人の感覚です!)な古墳も抑えておかなければと以前から気になっていた御所市の『権現堂(ごんげんどう)古墳』を見学してきました。

私的には"ややマイナー"な分類に入っていた古墳だったので、あまり期待せずに行ったのですが…実際に見学してみてビックリ!!想像していた以上に見所満載の古墳でした。

天安河神社


こちらの古墳は「天安河(あまのやすかわ)神社」の境内に存在していますので、まずは神社の方から見て回ることにします。

▼急な石段の先に「天安河神社」の鳥居が見えます。
権現堂古墳 御所市

▼鳥居の奥にある木造の建物が拝殿です。
権現堂古墳 御所市

▼拝殿の下がトンネルのようになっていて、ここをくぐると境内です。
権現堂古墳 御所市

このタイプの拝殿を持つ神社は大淀町にもありますが、中々面白いスタイルですよね〜。
拝殿の下をくぐらず右方向へ進むと『権現堂古墳』があるのですが、まずはまっすぐ進んで境内へと向かいます。

権現堂古墳 御所市

▼境内に入って拝殿を撮影
権現堂古墳 御所市

▼拝殿に奉納されていた額
権現堂古墳 御所市

高所恐怖症なので床が抜けて落ちたりしないか(下がトンネルで空洞になっているので)と少し不安になりながらも、中を撮影するため拝殿に上がりましたが、それほど古い建物ではないのか、しっかりとした造りで安心しました(^o^;

▼社殿
権現堂古墳 御所市

本殿の主祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、境内社として天満宮(祭神:菅原道真公)と十二神社があります。
主祭神の市杵島姫命は水の神様で、アマテラスとスサノオの誓約の際に、スサノオの剣から生まれた五男三女神(うち、三女神を宗像三女神という)の一柱です。
すぐ近くに川が流れているので、(神社の名前からしても)この川の鎮守神ということでしょうか。

権現堂古墳


続いて拝殿脇の『権現堂古墳』を見学します。

権現堂古墳 御所市

記事のタイトルにもある通り、石枕式の珍しい石棺がある古墳です!

権現堂古墳 御所市

古墳の近くには以下のような内容の案内板がありました。

県指定史跡
権現堂古墳

古墳の墳丘(ふんきゅう)は、すでにその原形をとどめていないが、径約15メートルの円墳であったと推定される。高さは現状で約4メートルを計ることができる。横穴式石室は奥壁の部分が破壊され羨道(せんどう)部は土に埋まっているが、この奥壁から石室内に入ることができる。石室は片袖式で南南東向き、玄室(げんしつ)の長さ約5.5メートル、幅2.5メートル、高さ2.3メートル、羨道の幅1.7メートルを計り、玄室中央部やや奥寄りに刳(く)り抜式(ぬきしき)の家形石棺が置かれている。石棺は凝灰岩(ぎょうかいがん)製で全長約2.3メートル、幅1.1メートル、蓋の高さ約57センチメートル、石棺内部には石枕を取り付ける。縄掛突起は蓋長側に2個づつ計4個取り付ける。棺(ひつぎ)には赤色顔料の塗付が見られる。石室内、神社境内には、縄掛突起部を含む石棺材が散在し、この古墳には複数の石棺が置かれていたと考えられる。副葬品(ふくそうひん)については、全く不明である。
家形石棺は比較的古い形式で、6世紀前半に比定される。

指定年月日 昭和53年3月28日
奈良県教育委員会


ふむふむ。
羨道が土に埋まって奥壁から石室内に入ることができるということは…?今ぽっかりと穴が開いて中が見えている箇所は、本来は石で塞がっていたということなのだろうか?

んん??

羨道部側からではなく、玄室側から中を覗いているという感じですね?

権現堂古墳 御所市

▼古墳の簡単なプロフィール(と勝手に命名)
権現堂古墳 御所市

▼柵があるので中に入ることはできません。
権現堂古墳 御所市

▼珍しい石棺であることが明記されています。
権現堂古墳 御所市

▼石棺
権現堂古墳 御所市

▼縄掛突起がついた家形石棺です。
権現堂古墳 御所市

フラッシュをたいて撮ってみましたが分かりますでしょうか?
墳丘が崩れてしまうのを防ぐために組まれた鉄骨が妙に痛々しいですね…

▼石棺のサイド
権現堂古墳 御所市

▼石棺内の様子1
権現堂古墳 御所市

▼石棺内の様子2(上部)
権現堂古墳 御所市

▼石棺内の様子3(下部)
権現堂古墳 御所市

奥に石枕と呼ばれている部分があります。中央が窪んでいますが、その部分に死者の頭を置いたのでしょうか。
御所市教育委員会の説明が現地に設置されていた案内板よりも分かりやすかったので転載しておきます。

 樋野の氏神、天安川神社の境内にある円墳で、内部主体は南に羨道を有する片袖式の横穴式石室である。羨道は埋もれ、玄室の奥壁側が破壊されているために、現在は石室の奥壁側から出入りするかたちとなっている。玄室は、長さは不明だが、幅1.12メートル、高さ約1.94メートルで、羨道は幅約1.65メートルを測る。6世紀前葉の築造とみられる。

 石室には二上山産凝灰岩製の刳抜式家形石棺があり、棺蓋には左右6個の縄掛突起が削り出されている。一方、家形石棺の棺身の内部に石枕が刳り抜かれているのは珍しく、近年の調査で御所市大字條に所在する巨勢山640号墳で類例を加えたのみである。権現堂古墳では石枕の位置から、南枕で埋葬されたことが判る。
 また、神社境内には別の刳抜式家形石棺一個体分が散在しており、元はこれが奥壁寄りにあった初葬の棺で、現在石室内にあるものは追葬棺とみられる。

~いにしえの御所を尋ねて(改訂二版) 御所市教育委員会より~


現地の案内板には<2個づつ計4個の縄掛突起>とありましたが、実際には左右6個の間違いでしょうか?

また石枕については<家形石棺の棺身の内部に石枕が刳り抜かれているのは珍しく、近年の調査で御所市大字條に所在する巨勢山640号墳で類例を加えたのみである。権現堂古墳では石枕の位置から、南枕で埋葬されたことが判る。>とのこと。

同様の形式の古墳が2例しかないというのは珍しいですね!石枕の出土例は全国に多数あるようですが、"棺身の内部に石枕が刳り抜かれている形式"は珍しいということですね。

それから、本当にどうでもいいことですが、北枕ではないのですね…

境内に散在する家形石棺?

説明文に<神社境内には別の刳抜式家形石棺一個体分が散在しており>とあったので、古墳周辺の石材類を撮影していましたが、どれがもう一つの家形石棺の破片なのでしょうか?

▼これは違う気がする…
権現堂古墳 御所市

▼これっぽい?
権現堂古墳 御所市

▼それともこれとか?
権現堂古墳 御所市

▼これか!?
権現堂古墳 御所市

▼どれだ!?
権現堂古墳 御所市

▼拝殿の脇から見える『権現堂古墳』
権現堂古墳 御所市

▼別角度
権現堂古墳 御所市

結局どれが石棺の破片か確証は持てませんでしたが、石棺内部に石枕が取り付けられていたり、玄室側から中を覗いてみたりと中々に特徴的で面白い古墳でした。

『権現堂古墳』の情報

所在地 :御所市樋野
墳丘形式:円墳?
築造年代:6世紀前葉
棺   :刳抜式家型石棺
石室  :片袖式石槨
被葬者 :初期の巨勢氏の首長墓?

参考サイト:大和の古墳探索
      御所市観光HP
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2 Comments

カチャーチャン says...""
古墳を調べていると奥が深すぎて最近は一寸休憩気味、天理から桜井にかけては古墳の宝庫のような場所で我が家近くにも石上大塚古墳、ウワナリ塚古墳、等石室を見ることが出来る所もあったりします、晩秋から冬場が古墳探索には良いシーズンですが奈良県はあちこちに古墳が有りすぎて有名所だけでも覚えるのはたいへん、しっかりと見ていこうと思うと中々時間も体力も必要です。
2016.11.30 14:35 | URL | #- [edit]
ヨシノマホ says..."Re: タイトルなし"
●カチャーチャンさん●

お返事遅くなりましてすみません^^;
古墳巡りはやり始めるとキリがないですもんね〜。確かに有名どころだけでも覚えるのは大変ですよね。
天理・桜井だけでもかなりの数があるので、奈良県内全ての古墳となると見て回るだけでも一生分では足りないかもしれません…
少しマイナーな古墳になると場所を見つけることもかなり大変ですし、一人で行って何度か道に迷ったこともあります。山の中は危険ですし、整備されていない古墳も山のようにあるので一人古墳巡りも考えものだなと最近思ったりしてます。
2016.12.03 10:13 | URL | #- [edit]

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