まいにち奈良づけ♪

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開化天皇陵(奈良市)

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古墳とか…陵墓とか…歴代天皇とか…
かなり疎い私ですが、奈良を知る上でこれらを避けて通ることは出来ない!という訳で、お勉強がてら記事に書いて覚えていこうかと思います。

今回は奈良市のメインストリート三条通沿いにある「開化天皇陵」です。
こんなところにも古墳が!?!?
…という感じが何とも奈良らしい古墳です。

開化天皇陵

三条通の「ホテルフジタ奈良」さんの隣に御陵への道が延びています。場所はJR奈良駅と近鉄奈良駅の中間地点辺りでしょうか…



開化天皇(かいかてんのう)第9代天皇(在位:孝元天皇57年11月12日 - 開化天皇60年4月9日)で、別名を稚日本根子彦大日日尊(日本書紀)・若倭根子日子大毘々命(古事記)と言います。別名の読みは(わかやまとねこひこおおびびのみこと)。
父は先代の孝元天皇(こうげんてんのう)。母は内色許売命(うつしこめのみこと)

宮は「春日率川宮(かすがのいざかわのみや)」で、所在地は「奈良市本子守町率川神社付近」と春日野の東の端にある「四恩院付近」の2説があるそうです。

開化天皇はいわゆる欠史八代(『古事記』と『日本書紀』において、系譜は存在するがその事績が記されない、第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人の天皇のこと)の一人です。
この頃は史実と神話の世界がないまぜになっている時代なので、開化天皇は実際には存在しない天皇ではないかと言われています。

『日本書紀』には115歳(111歳?)で崩御したという記載も見られます。…実際に存在していたとしたら大往生ですね。(『古事記』には63歳と記載されているようです。う〜ん…)
実在説も存在するようですが…果たして真相はいかに!?

▼宮内庁が立てた注意書きの看板。当たり前ですが、どの陵墓も書いてある事は同じですね…
開化天皇陵

▼右側の茶色い建物が「ホテルフジタ奈良」さんです。御陵へ向かって長い道が続いています。
開化天皇陵

陵墓の名前は「春日率川坂上陵(かすがのいざかわのさかうえのみささぎ)」。別名「念仏寺山古墳」とも言います。全長は約100m。後円部径48m、前方部幅48mの前方後円墳です。

▼形はこんな感じです。(Googleマップより航空写真を拝借)
開化天皇陵

三条通側から見る事ができるのは「前方部」のようですね。

三条通は人通りが多いですが、この陵墓を訪ねてくる人はほとんどいません。(三条通から入ると)突き当たりで左右が行き止りになっているので陵墓の周りをぐるりと一周する事ができず、全体像を見渡せません。公園のようになっている訳でもないので…まぁ、あまり立ち寄る人がいないのも仕方ないですかね^^;

▼鳥居の前に門がある珍しい古墳だそうです。(普通は門の前に鳥居があります)
開化天皇陵


★開化天皇陵の周辺地図★


より大きな地図で 【まほろぐ】奈良MAP を表示
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2 Comments

カチャ-チャン says..."No title"
開花天皇の父、孝元天皇を父とする吉備津彦(桃太郎伝説の人物です)と倭迹迹日百襲姫(大物主と結婚し箸墓古墳にまつられていると伝承しています)などが有名すぎて天皇自体の実現性が乏しくなったのでは・・・吉備津彦は崇神天皇の時代に四道将軍として吉備へ派遣された人物、倭迹迹日百襲姫は崇神天皇に進言したりしていた巫女のような役目と大物主との結婚が有名な話ですね・・・。
2013.05.23 11:40 | URL | #- [edit]
ヨシノ says..."No title"
●カチャ-チャンさん●

倭迹迹日百襲姫については有名な方なのでもちろん知っていますが(大物主神や箸墓の話など)、吉備津彦についてはまだまだ勉強不足です><すみません!

>桃太郎伝説の人物
>四道将軍として吉備へ派遣された人物
吉備津彦についてはまた調べて勉強しておきます^^!!

開化天皇の存在に関しては葛城王朝と崇神王朝のつなぎ説など様々な説が唱えられているようですが、真相を解明するまでにはまだまだ時間がかかりそうですね…
2013.05.23 16:00 | URL | #gquJYVHA [edit]

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