まいにち奈良づけ♪

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奈良のピラミッド!?「史跡 頭塔」(奈良市)

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以前からずっと行ってみたいと思っていた、奈良市高畑町にある「史跡 頭塔(ずとう)」へ特別開帳期間中に行ってきました。奈良のピラミッドとも言われている「史跡 頭塔」の姿を写真たっぷりでお送りしたいと思います!
ページが重いかもしれませんが…最後までお付き合い下さい^^

【注】ピラミッドのような大型方墳だったことが判明した、明日香村の「都塚古墳(みやこづかこふん)」の記事はこちらです→ピラミッドのような大型方墳だった!!『都塚古墳』(明日香村)

頭塔

◇史跡頭塔◇(パンフレットより)

頭塔は東大寺南大門の南約950m、新薬師寺から約700mの位置に築かれた方形七段の土塔です。古くより奈良時代の僧玄昉(?~746)の頭を埋めた墓との伝説があり、その名の由来とされてきましたが、本来の土塔(どとう)がなまって頭塔(ずとう)と呼ばれえるようになったものと思われます。
神護景雲元年(767)に東大寺の僧実忠が土塔を築いたと古文書の記録があります。それが頭塔にあたり、その役割は五重塔と同じように仏舎利を納める仏塔と考えられています。
頭塔は大正11年(1922)3月8日に国の史跡に指定されています。


▼頭塔は「ホテル ウェルネス 飛鳥路」さんの隣の路地奥にあります。
頭塔

この日は特別開帳期間中(2013年4月27日〜5月6日)だったので特別拝観料(協力金)300円ですぐに入る事ができました。

頭塔

特別開帳期間中でない時は史跡頭塔保存顕正会の現地管理人さんがおられる「中村表具店」さんへ行って、入口の鍵を開けてもらわなければ見学できないそうです。(この際は頭塔南側の入口から入る事になります。)

▼黄緑の円で囲っている部分が「頭塔」です。普段は黄色い矢印の場所から入りますが、今回は赤の矢印部分から入ります。(googleマップより)
頭塔

…と、前置きが長くなってしまいましたが!それでは早速、頭塔見学に行ってみましょう^^!!



▼「ホテル ウェルネス 飛鳥路」さん脇の通路を入るとすぐに頭塔の姿が見えてきました。
頭塔

頭塔は奈良時代の僧玄昉の首塚であるという伝説もありますが、古文書「東大寺要録(とうだいじようろく)」には神護景雲元年(767)に東大寺の僧実忠が土塔を築いたとの記録が残されています。それが頭塔にあたり、その役割は五重塔と同じように仏舎利を納める仏塔と考えられているそうです。

頭塔

▼こちらが入口です。
頭塔

特別拝観料(協力金)は300円です!

頭塔

▼頭塔の周りには見学デッキが設置されています。
頭塔

▼屋根が付いた部分では、設置されたパネルを使って「ナント・なら応援団」の方が丁寧に解説して下さいます。この解説がとても分かりやすくて勉強になりました〜^^
頭塔

▼パネルその①「頭塔の発掘と整備
頭塔

発掘調査は、奈良国立文化財研究所が担当し、1987年から1998年までに9次にわたる調査を行った。その結果、頭塔は一辺32mの石積の基壇上に建つ7段の階段状石積からなり、基壇を含めた全体の高さは約10m、石積の上に瓦葺きの屋根がのっており、奇数段には石仏が配置されていたことなどが明らかになった。現状の頭塔内部にはひとまわり小さい頭塔があり、それが当初期のものであることなど、頭塔が他に類例のない特異な形の仏塔であることがわかった。

「頭塔」の大きさは一辺32m、基壇を含めた全体の高さが約10mあります。
初期は3段の塔だったようで、その上に現在の7段の塔を作って今の姿になっている。(つまり、今見ている塔の中に、もう一つの塔が眠っているという事です。)…何だか不思議ですね。

復原整備は、現状の頭塔を対象とし、当初期のものは内部に保存することにした。基壇と7段の石積を復原し、残存していた石積と復原のために新たに積み足した石積との境界には鉛板を入れて明示し、また、抜き取られていた石仏の位置には新石を補充した。なお、現在石仏の上にのっている屋根は、本来あった屋根を復原したものではなく、石仏を直射日光や風雨から保護するためのものである。また、頂上にある五輪塔は発掘調査前から置かれていたものであり、おそらく江戸時代に据えたものであろう。

石積が崩れた部分があったり、石仏がなくなっていたりと、欠けた部分が多かった頭塔は復原されて、現在の姿になっています。ただし、瓦の部分は復原したという訳ではなく、案内板にも書かれているように<石仏を直射日光や風雨から保護するため>に設置されたものです。
<残存していた石積と復原のために新たに積み足した石積との境界には鉛板を入れて明示>とのことですが、この部分に関しては、文章では分かりづらいと思うので写真で説明したいと思います。

▼元からあった石積と、復原のために新たに積み足した石積との境界に鉛板が入れられているのですが…分かりますでしょうか?
頭塔

▼分かりやすく、見えている鉛板の部分を赤線でなぞってみました!どうですか?
頭塔

▼パネルその②「頭塔の発掘調査
頭塔

整備前の頭塔や、発掘調査後の頭塔の写真が掲載されています。

▼パネルその③「頭塔の石仏
頭塔

方形基壇の上に方形七層の階段状の土壇を築いた頭塔は、第一・三・五・七の奇数段四面に各11基ずつ総数44基の石仏が整然と配置されていた。現在までに44基のうち28基が確認され、25基の表面には浮彫や線彫で仏菩薩像が表されている。そのうち13基が昭和52年に重要文化財の指定を受け、1基が郡山城の石垣に転用されている。その他の14基は、史跡整備にともなう一連の調査により、平成11年までに新たに発見された。
石仏は第一段では四面に5基ずつあり、各面中央に仏浄土を表した大型石仏が配置されている。東面が多宝仏浄土、南面が釈迦仏浄土、西面が阿弥陀仏浄土、北面が弥勒仏浄土を表した図像であることから、第一段は四方四仏を中心にした配置と考えられる。
頂上の第七段四面は、盧舎那仏浄土を表した同一図像の石仏(北と西)で統一されている。第一段と頂上段における石仏配置にには、四方四仏に対して盧舎那仏が上位にあることを示す曼荼羅的構想があったと考えられる。
そのほかの石仏には、仏本生説話像(北3段)、法華経の二仏並坐像(東5段)、涅槃経の仏棺礼拝像(西1段)、維摩経の文殊維摩対論像(東1段)、華厳経の善財童子歴参像(北1段、南1段、西1段)として解釈されるものがあり、奈良時代の仏教説話美術として注目される。
仏菩薩に見られる豊満な表現は、天平盛期の特徴をよく示し、記録にある通り神護景雲元年(767)に造立されたと考えられる。
頭塔石仏は、数少ない奈良時代の石仏として極めて貴重な遺例であるが、諸仏に対する盧舎那仏の優位性を示すその立体曼荼羅的配置は東大寺盧舎那大仏と並ぶ天平仏教の壮大な理念を示す遺構としてさらに重大な意義がある。


郡山城の石垣に転用されている1基の石仏がとても気になります…。
どうしてこの場所にあった石仏が郡山城の石垣に使われることになったのでしょうか?一度実物を見てみたいと思ったのですが、実際に確認すのはとても難しいとのことでした。

▼「ナント・なら応援団」の方が頭塔周辺を一緒にまわって下さり、解説して下さいます!
頭塔

▼まずは「頭塔北面」から。
頭塔

◇配置されている石仏◇
(北7段)如来三尊及侍者像
(北5段)如来座像 / 如来座像
(北3段)尸毗王(しびおう)本生像 / 如来三尊及侍者像 / 石仏(補充)
(北1段)石仏(補充)/ 如来立像 / 如来三尊像 / 石仏(補充)/ 菩薩及侍者像

▼こちらは北1段の中央にある「浮彫如来及両脇侍二侍者像(如来三尊像)
頭塔

こちらの石仏は見学デッキの近くでとても見やすいのですが、遠くの石仏では肉眼では見えない(風化しているものは尚更)なので、じっくり見たいという方は双眼鏡などを持っていくといいと思います!

▼北面を別角度で!
頭塔

▼左が北面、右が西面。
頭塔

頭塔

話に夢中で写真を撮り忘れたのですが…頭塔がある位置は高台になっていて、生駒山二上山葛城山などを見渡すことができます。逆に言えば、向こう側から頭塔を見ることもできることになります。
創建時の頭塔は全体が瓦で覆われていたので、遠くから見ると…太陽の光が瓦に反射して塔が光って見えたそうです!
つまり、頭塔には(更に北側に建てられていた)「東大寺」の位置を遠くにいる人達に知らせる役割もあったそうなのです!
……凄い!!

▼続いて「頭塔西面
頭塔

◇配置されている石仏◇
(西7段)如来三尊及侍者像
(西5段)石仏(図像不明)
(西3段)石仏(図像不明)/ 如来坐像
(西1段)坐像(残欠)/ 涅槃図 / 如来三尊像 / 如来(樹下)坐像

▼写真に写っている石仏は西1段左の「坐像(残欠)
頭塔

▼ガイドの方が指差しておられる石仏は「涅槃図」が描かれたもの。
頭塔

▼線彫りで涅槃図が描かれているそうですが、肉眼では全く分かりません^^;
頭塔

涅槃図といえば、普通はお釈迦様が横になっている姿をイメージしますが、ここに描かれているのは四角い棺(ひつぎ)の絵です。めずらしいですねぇ…!

頭塔

▼西面と南面の角辺りの茂みに石碑が建っています。
頭塔

▼「頭塔南面
頭塔

◇配置されている石仏◇
(上から順に)如来坐像 / 如来三尊及侍者像 / 如来坐像 / 如来三尊像 / 如来及侍者像

頭塔

北半分が復原整備されたのに対し、こちらの南側は現状保存されています。
復原されたものと、現状保存されたものの両方を一緒に見られるのも頭塔の面白いところです。

▼塔が崩れて下まで落ちてしまった石仏(如来及侍者像)もそのままに残されています。
頭塔

手を伸ばせば触れることも…!

▼石塔が並んでいます。
頭塔

▼南側の案内板。
頭塔

史跡頭塔

大正十一年三月八日国指定頭塔は古くから奈良時代の傑僧玄昉の頭を葬った首塚であるとの伝えがあるが、神護景雲元年(七六七)良弁僧正の命により東大寺僧実忠が造営した土塔であることが明らかになっている。
外見は森であるが、本来方形三十二メートルの四方錐台で、七段に築かれた仏塔である。各段の四方には現在二十七基の石仏がのこっている。
石仏の高さ六一 〜 一一一センチメートル。それぞれ浮彫・線彫などで如来三尊や侍者等をあらわした一群は変化に富んでいる。奈良時代の彫刻として価値の高いこれらの石仏のうち、当時確認できた十三基は、昭和五十二年六月十一日重要文化財に指定された。

平成十二年三月
奈良県教育委員会


▼普段は南側の入口から入ることになっているので、石標もこちら側に建っています。
頭塔

続いては、頭塔東面へ向かいます。

頭塔

▼「頭塔東面
頭塔

◇配置されている石仏◇
(東7段)石仏(補充)
(東5段)二仏並座像 / 如来三尊及侍者像
(東3段)諸尊像
(東1段)如来三尊像/ 諸尊像 / 石仏(図像不明)

▼東面の半分はシガラ土留柵で覆われています。
頭塔

▼塔の頂上にある「五輪塔」が確認できます。江戸時代に据えられたものであろうといわれています。
頭塔

頭塔

▼「浮彫如来及両脇侍二侍者像(如来三尊像)
頭塔

発掘調査前に近所の子供達(?)がこの石仏で拓本をとったりしていたそうで…今でも拓本のが残っています。
墨がついている為、服のしわなど細かいディテールが分かるようになっています。
下側の両端に木が植えられていて、その木の横で手を合わせている侍者の姿も見ることができます。

▼入口に貼られていた「浮彫如来及両脇侍二侍者像」の拓本。
頭塔

▼左が東面、右が北面。
頭塔

▼一周して元の場所に戻ってきました^^
頭塔

このようなピラミッド型の遺跡は大阪府堺市の「史跡 土塔」と岡山県赤磐市の「熊山遺跡」が確認されていますが、内部に更に一回り小さい当初期の頭塔があり、規則的に配置された石仏を持つものは他に類例のない特異な形の仏塔です。


◇史跡 頭塔の情報◇

住所  :奈良県高畑町921
見学時間:9:00 〜17:00
     見学希望の方は現地管理人までお申し出ください
     現地管理人 仲村表具店(TEL:0742-26-3171)
駐車場 :あり
     <最寄りの公営駐車場>県営高畑観光駐車場(徒歩5分)
アクセス:近鉄奈良駅から約1.7km(徒歩約25分)
     <奈良交通>市内循環バス「破石町」バス停西すぐ
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-6 Comments

カチャ-チャン says..."No title"
ここは特別拝観の時が一番ですね、詳しい説明も聞けるし南側の建具屋さんを煩わすこともないし、今度は国立博物館の正倉院展に合わせて秋の特別拝観ですね。
いつも博物館からこちらへ回り見学後に奈良まちを歩くのがお決まりのコースになっています・・・今年も正倉院展の時に出かける予定です・・・。
2013.05.27 18:08 | URL | #- [edit]
ヨシノ says..."No title"
●カチャ-チャンさん●

>ここは特別拝観の時が一番ですね、詳しい説明も聞けるし南側の建具屋さんを煩わすこともないし

詳しい説明を聞けるのは本当に良かったです^^
自分だけで拝観に行っていたら、涅槃図のことや拓本のくだりなどは全く知らずに終わっていたでしょうから…
どこへ行ってもそうですが、ガイドの方がいてくれると本当に助かります。

建具屋さんが留守の時もあるようなので、特別拝観時に行くのがやはり確実ですね!!

>いつも博物館からこちらへ回り見学後に奈良まちを歩くのがお決まりのコースになっています

いいですね〜♪
正倉院→頭塔→ならまち散策。素敵です^^

秋の特別拝観も楽しみですね!!
2013.05.28 23:35 | URL | #gquJYVHA [edit]
ざびえる says..."No title"
こんにちは。頭塔は以前テレビで少し観て、興味を持った所です。
とても分かりやすく拝見しました。

テレビで観た時に何となく石仏の上の屋根に違和感を感じたのですが、頭塔の屋根は復元時に「想像で」作られたみたいですね。
その後ブータンで2004年に建てられた建てられたド・チュラ峠の108仏塔(108 Druk Chortens)の写真を見た時に、「恐らく頭塔の石仏は石積みの祠の中にあったのでは」と思いました。
これまた「想像」ですが(笑)

「ド・チュラ峠の108仏塔」の画像はこちらのサイトで見れます。↓
http://mitsudalaboratory.blog20.fc2.com/blog-category-39.html

インド・曼荼羅・ブータン・高畑の頭塔や堺の土塔の繋がりだけではなく、宗教や異文化との関わりを知ると
ボーダー(境界)を意識して見ることの愚かさに気付かされます。

奈良が好きで毎週のように訪れて山奥を歩いたり、古い街中で風や匂い・温度を感じています。
様々な街を訪れたり暮らしましたが、自分が「生かされている」と初めて奈良で思いました。
2013.05.29 10:41 | URL | #.vjKhiP6 [edit]
ヨシノ says..."No title"
●ざびえるさん●

こんにちは^^
コメント頂きましてありがとうございます。

>テレビで観た時に何となく石仏の上の屋根に違和感を感じたのですが、頭塔の屋根は復元時に「想像で」作られたみたいですね。

現在の頭塔に葺かれている屋根瓦は復原の為のものではなく、石仏を日光や風雨から守る為のものだそうです!
発掘調査の際に周辺から多量の瓦が出土したそうなので、頭塔に瓦が使われていたことは間違いなさそうですが…実際にはどんな形をしていたのでしょうか??

ちなみに、案内板に載っていた復原想像図はこんな感じでした。↓
(見辛くてすみません;)
http://blog-imgs-56.fc2.com/m/a/h/mahono28/P5067957_20130529172139.jpg

> その後ブータンで2004年に建てられた建てられたド・チュラ峠の108仏塔(108 Druk Chortens)の写真を見た時に、「恐らく頭塔の石仏は石積みの祠の中にあったのでは」と思いました。

写真拝見させて頂きました!面白い建築物ですね!
祠の一つ一つに仏像もしくは仏舎利か何かが安置されているのでしょうか?

> これまた「想像」ですが(笑)

本物の姿を見られない分、色々と想像を膨らませることができるのは逆にいいことかもしれませんね!
これぞ歴史ロマン^^

> 奈良が好きで毎週のように訪れて山奥を歩いたり、古い街中で風や匂い・温度を感じています。
> 様々な街を訪れたり暮らしましたが、自分が「生かされている」と初めて奈良で思いました。

素敵ですね!!
私も奈良の独特な空気感がたまらなく好きで、週末はワクワクしながら奈良散策しています。
奈良が好きになってから、ほんの小さいことに感動したり、興味を持ったり、喜んだりできるようになったと思います。…あと、歴史が古過ぎて失われたものが多い分、想像力が豊かになった気がします(笑)

奈良好き同士…!
また色々お話聞かせて下さいね^^
2013.05.29 17:39 | URL | #gquJYVHA [edit]
添え状の見本 says..."No title"
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
2013.06.16 09:52 | URL | #- [edit]
ヨシノ says..."No title"
●添え状の見本さん●

ご訪問&コメントありがとうございます^^

>とても魅力的な記事でした。
>また遊びに来ます!!

より魅力的な記事が書けるようにこれからも頑張りますので、今後ともよろしくお願い致します♪
2013.06.18 00:36 | URL | #gquJYVHA [edit]

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