まいにち奈良づけ♪

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北海道の『新十津川神社(旧:玉置神社)』へ行ってきました!

先週、3泊4日で北海道へ旅行に行ってきました。
小樽〜富良野・美瑛〜旭川〜札幌という日程だったのですが、ふと「新十津川ってどこにあるのだろう?」と思って調べてみると、旭川〜札幌の道中に立ち寄れそうな場所にあることが判明!

▼車内から撮った道路標識
新十津川町

私のワガママを聞いてもらい、少しだけ予定を変更して新十津川町(新十津川"村"って書きそうになる^^;)へも立ち寄ってもらえることになりました!

▼新十津川町の町並み
新十津川町

ちなみに、北海道新十津川町は(明治22年8月の水害により)奈良県十津川村から移住した人々が苦労して開拓した土地で、川村たかしさんの小説『新十津川物語』の舞台になった土地でもあります。
新十津川町では、今でも奈良県十津川村のことを母村と呼んでいるそうで、新十津川町の町章と十津川村の村章は同じものが使用されています。

▼新十津川町の町章と十津川村の村章は同じ菱十字
新十津川町 十津川村 町章 村章

奈良県十津川村とゆかりのある新十津川町。色々と立ち寄りたい場所はあるのですが、時間も限られていたため2箇所に絞って訪問することにしました。

まずは奈良県十津川村にある「玉置神社」の5柱の分霊を奉斎したという「新十津川神社(旧名:玉置神社)」へ向かいます。

▼真っ直ぐ続く道の先に神社がありました。(写真は神社側から来た道を撮ったものです)
新十津川町

新十津川神社


ここへ来る前の旭川では激しい雨と雷に襲われたのですが、新十津川町に来る頃にはすっかり天気も回復して、気持ちのいい気候の中「新十津川神社」を訪れることができました。

新十津川神社

「新十津川神社」の参道は2つあるのですが、まずは西側にある本堂から真っ直ぐ伸びた参道から入ることにしました。
ちなみに、こちらの参道は1997年(平成 9年)に現在の形に改修されたそうで、この参道の東側に旧参道があります。(旧参道についてはまた後ほど)

▼西側参道の鳥居
新十津川神社

▼鳥居の扁額アップ。旧社名の「玉置神社」という文字が見えます。
新十津川神社

北海道で奈良に関する文字を見るというのはなんだかとても不思議な感覚になりますね〜。
奈良県十津川村の「玉置神社」も数年前に訪れていますが、まだ記事を書いていないのでいずれ…。

神社の由来などについては北海道神社庁のHPより引用させていただきます。

●由来
本社は明治22年奈良県十津川村の有する吉野郡一帯の豪雨により、生活の方途を失った人々が北海道へ移住する事に端を発し、明治24年1月14日に本村役場側に仮殿を設けて、奈良県十津川の玉置神社5柱の御分霊を奉斎した。同27年6月24日、本村上徳富のシスン島に仮殿を建築、同31年水害により現在の高台に奉遷し、同33年9月には社殿を造営、更に大正4年には現在地に社殿を新築した。母村、玉置神社は上代神武天皇がご東征の折玉置山で休まれたと伝えられ白河法皇9回、鳥羽法皇は20数回、後白河法皇は32回、後鳥羽法皇31回、後嵯峨法皇2回、亀山上皇1回という大変な数の参拝を数えると伝わる。本社は玉置神社と同名にて奉斎し大正4年に大正天皇ご大典記念として社殿を新築。その間明治28年8月24日公認神社として認可され、大正4年12月21日に村社、昭和5年8月に郷社、同18年1月15日に県社となった。さらに昭和42年社名変更をし新十津川神社となる。平成2年に鎮座100年を迎え母村十津川村より杉、桧材を奉納賜り本殿、社殿、廊下、社務所を改修、神饌所を新築、平成9年神前を横断する車道と2曲りしている参道を直線に改修し現在に至る。

●社宝等
刀剣(3)(「備前国忠吉作」「相模守藤原国綱」「無銘」)


▼とりあえず撮ってしまう狛犬(阿形)
新十津川神社

阿形は口に玉を咥えたスタイル。吽形と共に凛々しい姿で坐しています。
狛犬に関してあまり詳しくはないのですが、見た感じだと比較的新しい感じがしますね。台座を調べてみると、平成元年6月建立ということが書かれていました。

▼吽形
新十津川神社

狛犬の前を通過すると手水舎があり…

▼手水舎
新十津川神社

手水舎の先には2つ目の鳥居があります。

▼入り口のものとは違って、シンプルで黒味を帯びた外観
新十津川神社

2つ目の鳥居をくぐると社殿があります。

新十津川神社

社殿様式は神明造で、扁額には「玉置神社」と左から書かれています。社紋は奈良県の玉置神社と同じく洲浜紋が使われていました。
また、社殿は1990年(平成2年)に改修されているとのこと。
旧社格は県社。

祭神は、國常立尊(くにのとこたちのみこと)・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冊尊(いざなみのみこと)・天照大神(あまてらすおおかみ)・神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)の5柱です。

▼社殿近くに鎮座する狛犬(阿形)
新十津川神社

▼吽形
新十津川神社

こちらの狛犬は先ほどのものと違って古い感じですね。
吽形の台座に彫られた銘文からは「明治三十三年九月十二日」と読めます。神社の由緒には「同33年9月には社殿を造営」とありますから、社殿造営と同時に奉納されたもののようです。

▼社殿側から参道を撮影
新十津川神社

その他の建物

▼神輿庫。扉の左右に「本村居住四國出身者」「大正九年六月」と赤字で書かれています。
新十津川神社

▼社務所
新十津川神社

北海道では瓦葺きの家を全くと言っていいほど見かけなかったのですが(雪が積もるから瓦はむかないのでしょうね…)、それと同時にカラフルな建物が多い印象でした。
神輿庫や社務所も、奈良ではあまり見かけないデザインの建物で、神社っぽくないといいますか…不思議な感じがしました。

石碑など

▼鎮座百年記念碑(表)
新十津川神社

▼鎮座百年記念碑(裏)
新十津川神社

鎮座百年記念碑の裏には以下のような文が刻まれていました。

碑文
新十津川神社は 明治二十三年 母村十津川郷より 団体移住と共に玉置神社ご分霊を拝受建立 その後幾多の変遷を辿り開町百年記念と相俟ち 鎮座百年を朴し造営に当たり 町内外より 広く篤志寄付の奉賛を仰ぎ 特に母村十津川村よりは杉桧特殊材の献材を賜り 平成元年七月竣工 総工費 概ね弐阡余萬圓也
    主なる造営工事
神饌所新築 幣殿拝殿屋根葺替 渡り廊下内外造作
社務所外装補修 記念碑建立

新十津川神社一同建立



▼四國出身者の奉納記念碑(大正9年9月建立)
新十津川神社

▼開拓功労者である西村皓平翁顕彰之碑(昭和27年6月)
新十津川神社

以下、「しんとつかわで遊ぼう」の人物伝「西村 皓平」より引用。

西村 皓平(にしむら こうへい)
天保10年(1838)~大正8年(1919)

十津川郷山手村で出生。宇智吉野郡書記のときに大水害に遭遇、罹災民救済に活躍した。特に被害甚大であった十津川罹災民に対しては、北海道移住を力説しその実現に奔走した。明治25年(1892)戸長更谷喜延が帰郷後、村政が紛糾し、このため要請をうけて来道、明治26年(1893)第4代戸長に就任した。明治29年(1896)戸長を辞し、夕張・空知・雨竜・上川・樺戸郡長となる。翌年官制改正により郡長廃止とともに帰村して、上徳富土功組合の創設に力を尽くし、水田開発の先駆となった。また、滝川浜益道路の開削、石狩川橋の架設、文武館の設置、産業組合、農会など、教育、産業、土木事業に尽力し、村の発展に一生をささげた。大正6年(1917)藍綬褒章を受章。79歳で死去し、階位二級従六位に叙せられ村葬を執行、村はその功績を称えて、開拓功労者として忠魂碑に合祀した。



▼西村皓平翁顕彰之碑(裏)
新十津川神社

▼石階之碑(大正8年9月)と石灯籠(明治32年9月建立)
新十津川神社

旧参道側

▼旧参道入り口
新十津川神社

こちらには社号標が建っていました。
旧参道を真っ直ぐ進んで、左に曲がると新参道へ繋がっています。

新十津川神社

▼旧参道鳥居
新十津川神社

旧参道を進むとこちらにも鳥居があります。鳥居の奥に狛犬があったのですが、慌てていたので撮り忘れました…。
ネットで調べてみると大正4年9月に建てられた狛犬があったようです。

▼旧参道から新参道へ続く道の南側にも道がもう一つ
新十津川神社

ここへ来るまでは「ザ・北海道!」というような景色や雰囲気を楽しんでいたのですが、新十津川神社は神社というだけあって、なんだか馴染みのある場所に感じられて…。北海道旅行していることをすっかり忘れてしまいますね。

十津川村の山の上に鎮座している(かの有名な!)玉置神社の分霊が、遠く離れた北海道にも鎮座しているというのは何だか不思議な気持ちになります。

つづく。

【所在地】 〒073-1103 
      樺戸郡新十津川町字中央37番地
【電話】  0125-76-2542
【FAX】  0125-76-2542
【例祭日】 9月4日
【交通機関】JR滝川駅より車で10分、JR新十津川駅より車で5分、JRバス・中央バスいずれも神社前下車

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